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日別アーカイブ: 2022年1月3日

住職法話1月「身をまかせる」

明けましておめでとうございます。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

今年も一つ齢を重ねました。

歳は取りたくないものですが、平等に老いていきます。

 

「鶴は千年 亀は万年 我は天年」とは臨済宗の僧侶、仙厓和尚が残された言葉です。

鶴や亀は寿命が長くおめでたい事を表現するときに使われます。

「我は天年」と言われた意味は、命とは天からの授かりものであるから、精一杯、楽しく生きなさいということであります。

浄土宗の立場からはこの「我は天年」は生に対して、執着することなく、亡くなればただただ、極楽浄土に往く身である。

命は親から授かったものであり、感謝して日暮らしをすることが大切であります。

法然上人は「いけらば念仏の功つもり しなば浄土へまいりなん とてもかくてもこの身には 思いわづらふ事ぞなき」とおっしゃっております。

この意味は、生きていれば念仏の功徳が積み重なり、死ねば浄土へ参るのです。いずれにしてもこの身には、思い悩む事が何もありません。

 

大阪では昨年、医療崩壊がおきました。受け入れてくれる医療施設がなく、不安で不安で心もとなく過ごされたことでしょう。

私たちも亡くなればおしまいではなく、受け入れて頂ける世界、西方極楽浄土があるのです。

お念仏をお称えすればすべての人々が往生します。一喜一憂することなく日々の生活になんの不安もなく暮らしていけるのです。

 

後の世も この世もともに 南無阿弥陀 佛まかせの 身こそ安けれ

どうぞ今年1年も阿弥陀様にお任せしてお念仏精進していただきたいと祈念申し上げます。合掌

1月掲示伝道

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